「逆向き転換」で望まない転勤をなくす
―自律的なキャリア形成が働き方の未来を創る
2022.6.6
読み終わるまで:3分
「転勤のない企業」への就職を希望する学生は7割超!
企業における転勤が、「栄転」という響きで歓迎されていたのはすでに昔の話か。もはや今の若者にとって、転勤とは人生で避けたいものの一つと言ってもいいようだ。就職情報サービス大手の学情(東京都中央区・大阪市北区)の調査によると、2022年3月卒の学生のなかで、「転勤のない企業」への就職を希望する割合は70%にも上ったという。
大手志向の強まりとともに、入社後の転勤を嫌う就活学生が増えている今。時流の変化をとらえ、働き方に新たな施策を打ち出す企業が増えている。そこで、損保業界大手の一角を担う三井住友海上火災保険株式会社に実情を聞いてみた。実は、社員の働き方を変える同社の取り組みが興味深い。キーワードは、「逆向き転換」――。これって何?
「転勤なし」コースに移れる制度を2022年4月に導入
同社は従来から、海外を含む全国転勤がある「グローバルコース」、本拠地から一定地域内で転居を伴う転勤がある「ワイドエリアコース」、原則として転居を伴う転勤がない「エリアコース」の3つの区分を設け、社員が入社時に選択できるようにしていた。そして今回、グローバルやワイドエリアを選んでいた社員に対しても、「転勤なし」のエリアコースに移れる新制度を22年4月に導入。これが、「逆向き転換」である。
この意図について、同社人事部の甘田さんはこう説明する。「従来は拡大戦略の中で、よりチャレンジングな環境で仕事をしてもらうという思考で人事も行ってきました。一方で、多くのライフイベントのなかで、たとえば育児や両親の介護の必要が生じるなど、業務以外の理由で働き方を変えなければならない社員が増えてきたんです」
拡大するのは会社としてOKなのに、いわゆる「逆向き」の働き方がNGというのでは、社員の働きやすさやキャリアステップを会社が阻害することになるのではないか。つまり、育児や介護などの事情が生じた期間をエリアコースで働き、それが終わればいつでもグローバルコースに戻れるという柔軟な運用ができるほうが、社員のエンゲージメントも高まる。加えて、優秀な人材の流出を防ぐことにもつながるのでは、と考えたわけだ。
メリット・デメリットを「見える化」して不安を払拭
ただ、そこで考えるのが、転勤しないコースに移ることで、今後のキャリアアップに弊害が生まれるのでは?という懸念である。その点、三井住友海上は、転勤しないコースを選んでも、昇進などのキャリア構築には何ら関係しないという点を社員にアナウンスしている。
加えて同社は、社員に対してさらに一歩踏み込んだ意思表示を行った。「転勤なし」のコースに移れる制度を用意するとともに、それを選んだ場合のデメリットを明確に示したのだ。具体的には、転勤する社員には、個人の役割給と基本賞与に対してそれぞれ20%相当を加算。転勤しない社員には、その上積み部分がない。メリットとデメリットを「見える化」する一方で、「それ以外のデメリットはない」と言い切り、社員の不安を払拭したわけだ。
20%の加算は、あくまでも転勤による生活環境の変化に応えるためのコストで、社員の能力評価とは別軸のもの。加えてコース変更による人事評価の引き下げはしないよう指導し、実際昇格にも影響はない。そして本人が転勤受け入れ可能な状況になれば、いつでも元のコースに戻れるという柔軟な仕組みなのである。
会社を信頼して制度を選択できる環境があるからこそ
こうした取り組みにおいて欠かせないのが、会社と社員との信頼関係だろう。人事評価は社員からは見えない部分だけに、会社のアナウンスを信じられるか否かはデリケートな問題だ。けれども、会社を信頼してこの制度を選択できる環境が同社にはあると甘田さんは言う。
「社員がより働きやすい環境を作るにはどうすればいいかを、人事部ないし会社全体で考えてきた過程があったことが大きかった。たとえばオフィス内にたくさんのカフェスペースを作って社員同士のコミュニケーションを促したり、ドレスコードを撤廃するなど、社員の目線に立った働き方改革を長く進めてきました。今回の取り組みは、そうした流れの中での1要素として社員も捉えてくれているように感じます」
「逆向き転換」の発想は、社員一人ひとりが自律的なキャリア形成を図ることと密接にリンクしている。自身のライフステージに照らし、どのような働き方を選択するのか。社員各々が自分の意思でそれを作れる環境を用意することが、同社が掲げる「未来にわたって、世界のリスク・課題の解決でリーダーシップを発揮するイノベーション企業」を目指す上での歩みにつながるはずだ。
働き方の柔軟性やフレキシブルさを担保することで、多様な社員が活躍する場を提供する三井住友海上の取り組み。そもそも、イノベーション企業を目指すなかで、転勤がマスト、服装もスーツでなければ駄目なんてあり得ないだろう。そう考える風土が当たり前のようにある同社だからこそ、逆向き転換という発想もまた、社内に自然と生まれた文化の一つであるに違いない。
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